大宅映子「世の中にはかわいそうな人がいっぱいいる」

By Naomi Matsunaga May 2007


大宅映子


Profile: Naomi Matsunaga
慶応義塾大学文学部文学科大学院修了。現在、スイス・ジュネーブ州立大学文学部に勤務する側ら、小説や戯曲の数々の本を出版。99年、現代劇『無明長夜』にて、文化庁舞台芸術創作奨励賞佳作を受賞。   www.matsunaganaomi.com


この夏の参議院選挙で、同性愛者であることをカミングアウトしてはじめて国政に打って出る尾辻かな子さんが読売テレビの 『情報ライブ ミヤネ屋』 (5月21日)に生出演しました。
(映像はこちら→ YouTube

多くのゲストが耳を傾ける中、彼女はそこで、なぜレズビアンとして参院選に出馬するのか、また同性愛者が抱える問題などについて説明を行いました。

尾辻さんの選挙は、戦後女性が参政権をはじめて獲得して以来の歴史的なエポック・メーキングともいうべき快挙です。明治以降、キリスト教を基礎とした西洋文明が入り、家父長制に基づく父権制度が推進されていった日本では、女性蔑視・女性嫌悪によってそれらの価値観が支えられていたので、レズビアンの存在すら認められていなかったのです。

そんな背景を知ってか知らずか、ゲストも木村祐一や飯星晃子などを筆頭に、尾辻さんの話に対し、全体的に敬意と理解を示しているかのように見えました。

そんな中、彼女が同性愛者の権利についての話をしたとき、コメンテーターの一人の大宅映子という評論家が、「うーん、分からなくもないけれど、世の中には(同性愛者以外に)かわいそうな人がいっぱいいんるんですよねぇ。そのなかで優先順位を考えると、”ちょっと”どうかなっ?と思う」という発言をしていました。つまりこの社会には貧困もあればニートもあり、癌の問題もあれば、老後の問題もあるので、そちらを優先させるべきだというような意見を言っていました。何を言っているんでしょうかこの人は…。

大宅映子という評論家が何を評論する人なのか知りませんが、彼女は根本的に民主主義も人権問題も何にも分かっていませんね。

同性愛の問題は、ほかの例えば貧困だとか、老後だとか、癌だとかいう問題とはまったく違った次元の問題で、順序づけるようなことは出来ません。だいたい、人の悲しみや苦しみに順序づけること自体、ナンセンスなことで、ましてや公共の電波で他人のそれに順序づけするなんて、大きな勘違いじゃありませんか?

ほんとうにああいうお馬鹿で、人権に関して見識が浅い人が、評論家として大きな顔をしてテレビのようなメディアでものを言っているのですから、呆れてしまいます…。

今回この番組を見て、あることを思いだしました。今から10年以上も前のことです。
お昼のワイドショーのような番組で、まだ20代の若いレズビアンのカップルが紹介されたことがありました。

彼女たちはいろんな悲しみや苦しみを乗り越えて、今はやっと両親の理解も得られて二人で暮らせるようにもなったと言って、二人の生活がレポートされました。そしてスタジオに二人の女性のカップルと一人の女性のお母さんも出演してインタビューを受けました。

そのときコメンテーターは二人でした。一人はもう亡くなった女優の左幸子、もう一人は松浪健四郎という髪の毛をポニーテールにしていた体育会系の政治屋でした。

まずその松浪氏が、得々とその二人にお説教をはじめたのです。「そんな不健全な関係は早くやめなさい。まだ若いんだからまだやり直せる。ぼくはそういうことは嫌いです。女性は女性らしく生きなくちゃ駄目ですよETC・・・・」。そうしたら、横にいた左幸子氏が「そんなことないですよ。あなたたちが自分の責任で選んだ人生だもの、思った通りに生きることですよ。がんばって!」と彼女達に暖かいエールを送りました。

松浪氏が同性愛嫌いでもそれは個人の問題ですから、どうでもいいことです。でもテレビという公共の場で、しかも政治家として出演している人は、けっしてそういう個人の好みで人の心を傷つける発言は許されないことです。彼は後にヤクザとの繋がりが発覚して落選したとのことですが、このような人はヤクザと絡まずとも、再選の余地はなかったでしょう。(※その後2005年に国政復帰を果たし、今年の8月29日、文部科学副大臣に任命された。しかし過去暴力団とカネがらみの接点があった人物が教育行政の中核を担っていることには疑問の声もあがっている。)

同性愛嫌いでも、女性蔑視でも結構ですが、それはご自分の体育会系仲間とのお酒の席での与太話に留めてほしいですね!