ブロードウェイミュージカル『蜘蛛女のキス』

By Sen Ono November 2007


蜘蛛女のキス


『蜘蛛女のキス』
●原作>マヌエル・プイグ  
●脚本>テレンス・マクナリー            
●作詞・作曲>ジョン・カンダー&フレッド・エッブ  


舞台には、クィアが主人公だったり、脇役として登場する作品が実はけっこうたくさんある。ジョン・キャメロン・ミッチェルが自ら主演した『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』や、ナチス収容所を舞台にした『ベント』。ブロードウェイ発の伝説的ミュージカル『RENT』や『プロデューサーズ』にもひとつの、でも重要なエピソードとしてクィアが登場している。そのなかでもひときわ異彩を放つミュージカル『蜘蛛女のキス』が現在、東京で上演中だ。(公演情報に関しては、こちらを参照)

舞台は南米、独裁政権下の刑務所。メインキャラクターは、革命を夢見る若き政治犯ヴァレンティンと、映画をこよなく愛するゲイのモリーナ(トランスジェンダーの説もある)。はじめは相容れないふたりが、監房のなかで次第に心を許しあっていく――。

アルゼンチンの作家マヌエル・プイグによる原作は、ふたりの会話をメインに、報告書、同性愛についての膨大な注釈などをコラージュのように織り交ぜた、ラテンアメリカ文学のなかでも異色な、カルト的人気を誇る作品。のちにプイグ自身が戯曲化し二人芝居として上演され、1985年にはウィリアム・ハート主演で映画化。やがてブロードウェイスタッフにより製作されたミュージカル版はトニー賞7部門を受賞。日本でも過去に日本人キャストで上演されたが、今回はキャスト・演出・振付などを一新してのまったく新しい公演となる。

今回の公演でモリーナにキャスティングされたのは、日本のミュージカル界を牽引する俳優のひとり、石井一孝。ゲイの役、それも時代背景を写して古い女性をプロトタイプにしたゲイという難役にも、明るく躍動的な雰囲気をみなぎらせ、チャーミングに演じている。ヴァレンティン役の浦井健治は、役作りのためにブエノスアイレスを訪ねたほどの情熱そのままに、「男のなかの男」といった激情型で反抗心の強い、同時に脆くナイーブな面を併せもった孤独な政治犯を熱演。そしてモリーナの語る映画のなかに出てくる女優オーロラ、また彼女が演じた役柄のひとつでありモリーナがひたすら怖れる「蜘蛛女」に扮するのは、元宝塚歌劇団主演男役の朝海ひかる。モリーナがオーロラのことを語りだすと、閉塞感に満ちた監房に舞い降りたかわいらしい天使のように歌い踊り、かと思えば次の瞬間には冷酷に囚人の命を狙う蜘蛛女へと豹変。美しく妖艶な女性から、あどけない少年、感情のみえない大人の男まで、時空もジェンダーの壁さえも軽やかに超えてみせる彼女は、劇場じゅうの視線を集め、まさに虜にしてしまうオーラに満ちあふれている。

蜘蛛女のキス
今回の公演で演出・訳詞を手がけるのは荻田浩一。初めて日本人による演出が実現したことも話題に。

ストーリーもさることながら、この作品の最大の魅力は何といっても音楽。『キャバレー』、『シカゴ』などを手がけたブロードウェイのゴールデンコンビ、ジョン・カンダーとフレッド・エッブによる楽曲は、モリーナとヴァレンティンの心理戦に寄り添って時にドラマティックに、ときに哀愁を帯びて、心に響く。極彩色で豊穣なラテンのイメージの曲もあるが、自身もゲイだった作詞家エッブによる、モリーナと彼女の母の愛が込められたナンバーは、シリアスな現実にやさしく降り注ぐ慈雨のようだ。

また振付には数々の舞台を手がけてきた名倉加代子と、コンテンポラリーダンサーとして注目を集める平山素子を起用したり、映像とのコラボレーションなど、随所に粋な演出が光る。俳優、音楽、スタッフ、それぞれがすでに多くのファンをもつ今回の公演だけに、さまざまな想いで劇場を訪れた観客が、モリーナを愛し、彼女が蔑まれるシーンでは怒り、涙する――そんな体験をクィアにもストレートにも等しく共有させてくれるだろう。人間にとって普遍的なディスコミュニケーション、その先にある愛の可能性を扱ったスケールの大きい、深遠な作品だ。東京公演は当日券が公演1時間前から発売、大阪公演は前売チケット発売中。ぜひお見逃しなく!