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1. 性的ではない官能を描いた『犬身』
Profile: 松浦理英子 (Matsuura Rieko)
1958年愛媛県生まれ。青山学院大学文学部仏文科卒。1978年、在学中に書いた『葬儀の日』が文學界新人賞を受賞。1987年刊行の『ナチュラル・ウーマン』で女性同士の激しい恋愛、性愛関係を描き、文壇ではほとんど黙殺されたものの、中上健次、種村季弘の賞賛を得、カルト的人気を博す。1994年にベストセラーとなった『親指Pの修業時代』で女流文学賞を、2008年に『犬身』で読売文学賞を受賞。その間、『ナチュラル・ウーマン』の評価もぐんぐん上がって行く。極端な寡作ながら新作には常に大きな期待が寄せられる。
『ナチュラル・ウーマン』『親指Pの修業時代』などの作品で知られ、最新作『犬身』で読売文学賞したばかりの作家・松浦理英子さんのweb 初のロング・インタビュー!
今よりももっと同性愛がタブー視されていた約20年前に、小説『ナチュラル・ウーマン』を発表した松浦理英子さん。同作はメインストリームで高い評価を得ていると同時に、日本のレズビアンカルチャーを語る上でも欠かせない作品だ。一貫して、性器結合中心主義に異議を唱え、女性同士の恋愛やSM、多様な関係の形を臆することなく描き続けている。
また、『ナチュラル・ウーマン』はフランス語、イタリア語、中国語、スロベニア語に翻訳され、『親指Pの修業時代』はフランス版、イタリア版、台湾版に加えて英語版が近日発売予定と、海外での注目度も高い。今回は、日本の現代文学を代表する作家のひとりである松浦理英子さんに、これまでの作品を振り返るとともに、最新刊『犬身』など最近の活動について語ってもらった。
(インタビュー/カイザー雪&萩原まみ 文/萩原まみ)

――『犬身』は犬になりたいと願い、「種同一性障害」「ドッグセクシュアル」を自認する主人公の房恵が、バーのマスター・朱尾によって本物の仔犬・フサに変えられ、この人!と見込んだ女性陶芸家・梓に飼われるというユニークな展開ですが、どんなふうに着想を得られたのでしょうか?
小説の着想は思いがけない閃きから生まれますから、もっともらしいことを言うと嘘になるのですが、かねがね犬の小説を書きたかったんです。私自身が非常に犬が好きだということの他に、犬って人間に愛されているようでいて、「奴隷」だの「媚びる」だのと見下されている面があるじゃないですか? 犬好きと自称する人の中には、犬を思い通りに支配していい気分になりたいだけの人もいるように見えます。犬がかわいそうで(笑)、健全と思われる人間と犬の関係を描こうと思ったのが始まりだったでしょうか。犬と女はこの世で愛されていることになっているけれど、少なからぬ場合、ろくな愛され方をしていないんじゃないか、ということも考えていましたから、ストーリーに影響したと思います。
――松浦さんの作品の中では、『親指P の修業時代』と並んで、かなり読みやすい文章、ストーリー展開になっています。
500 枚を越えるような本格的な長編小説になると、おのずと文章は変わって来ますね。『犬身』は、18世紀以前のヨーロッパの文学作品に似た、澱みなく効率のよい語り口になっていると思います。
――ゲーテの『ファウスト』を下敷きになさってますよね。朱尾がメフィストフェレスで。
はい。もともとは伝説の登場人物なのですが、ゲーテの肉づけしたメフィストフェレスは魅力的なんですよ。悪魔なんだけれど、作中のことばでいえば「悪を成そうとして善を成す」キャラクターで。私はそれを「人に苦痛を与えて喜ばせてしまう者」という、サディスト的なキャラクターに書き換えているわけですが。
――犬になったフサが梓に性的欲求を感じてはいけない、という設定にしたのは、どのような意図だったんですか?
セックスでは結ばれない関係の、官能的なものも含めた豊かさを描こうとしたので、フサが梓に寄せている慕情はセクシュアルなものではない、と強調するためです。
――フサは元は女性で、梓も女性ですが、レズビアンのカップルとか、夫婦のような関係にはしたくなかったと?
私は犬と人間の独特の関係を、人間同士の恋人や夫婦になぞらえるのは嫌なんですよ。犬と人間ですから、そもそも恋人や夫婦にはなり得ませんよね。獣姦にも興味がないですし(笑)。フサと梓の関係は人間同士の関係のアナロジーではないということです。人間は擬犬化しても、犬は擬人化しません(笑)。
――非性器的な快楽を描きたかった、ということもあるのでしょうか?
非性器的な快楽はもちろんですが、さらに進んで、性的ですらない触れ合いの快楽の深さと豊かさを描いてみようと思ったんですね。
――ドッグセクシュアルの女性・房恵が、人間のままで梓とのパートナーシップを結ぶ、という展開は全くお考えにならなかった?
今回は初めに犬ありきだったので。念のために申し上げておきますけど、別にレズビアンの関係を退けているわけではないんですよ。レズビアン至上主義でもないですけど、まかり間違ってもホモフォビアと誤解されたくないから、わざわざ作中で房恵に「同性とセックスすることを想像してもほとんど抵抗は感じない」と言わせています。私はこの異性愛中心社会の中でいつでも同性愛を守りたいと思っています。しかし、創作においては、1つのセクシュアリティだけに止まらず、いろいろなセクシュアリティ、いろいろな関係性の可能性を探りたいので、いつもいつもレズビアンばかりを書くことにはならないんです。
――梓が苦境から脱するきっかけになる出来事への、フサのかかわり方も興味深かったです。名犬物語のようにはならないんですね。
はい。名犬物語ではなく、きわめて犬らしい道を辿ります。そして、梓も「自立する女性の物語」をなぞることはなく、犬とのかかわりの中で決定的な行動を取るに至ります。
――そういう「はずし方」が松浦理英子らしいですね。ところで、犬を飼っていらっしゃるんでしたっけ?
今は飼ってません。
※『親指P の修業時代』河出書房新社 (河出文庫) 、上下巻各¥ 693。1993年刊行。
右足の親指がペニスになってしまった女性の葛藤と遍歴を描き、当時10万部を越えるベストセラーとなった長編小説。女流文学賞受賞。
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