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5.初めてゲイだと思ったとき
――初めて自分はゲイかもしれないと思ったきっかけは何だったか覚えていますか?
中学2年生の頃に、仲が良かった男の子の友達に、ちょっとした喧嘩で口をきいてもらえないときがあったんです。そのときは本当に苦しくなって、何でこんなに悲しいんだろうと考えたときに、「あいつのこと好きなんだ」って自然に浮かんだんです。
とくにセクシュアルにとか肉体的ではなくて、本当にプラトニックな気持ちのなかで気づいたので、それはよかったなと思いました。
――では、自分がゲイかもしれないと自覚したとき、どう感じましたか?
どこかで身体で知っているというか、「やっぱりな」って思いましたね(笑)。
――とくに落ち込むこともなく?
はい。東京で暮らしていたので、意外と情報も多かったし。あと両親の年齢も若かったので、コンサバな教育も受けず、自分を責めないですみましたね。
――初めて同性愛について聞いたことや、思ったことは何だったか覚えていますか?
たとえば、あからさまにゲイプレイスだと思われるクルージングスペースといった所から男同士で出入りするとき、「タイミングをずらして一緒に出ないようにしよう、見られないようにしよう」ということを聞いたときですね。
「世の中から見たら、それは眉をひそめられることなんだ」ってそこで初めて思ったんです。
――当事者のなかで最初は後ろめたさや不安を感じる方もいると思うんですが、前田さんはそんなことなかったんですね?
まったく悪いことだと思っていなかったです。
――それで高校になってから初めて、もしかしたらこれは世間では“いけないこと”として捉えられている、と。
そうそう。「周りの人がこれだけ気にするということは、世間では知られちゃダメなことなんだ」ってね。
だから本当に1回も自分のことを責めたことはないんですよね。逆に、「えっ、何でダメなの?」って。世間の目を気にする方には、配慮として気にしますけれど、気持ちのなかでは全然気にしていなかったです。いまでも。
――ゲイイベントや二丁目に行ったりしているそうですが、前田さんから見たそういった場所の楽しさは?
二丁目やゲイクラブに関して、普段ストレートの人生を送っていて日常的に素を出せない抑圧を感じている人が、そこで本当の自分をさらけ出せて羽を伸ばせる場所、という認識があると思うんです。
いまでも、職場では一切カミングアウトしていない人たちと二丁目で話をする機会があるのですが、「大変だねーっ」てよく話をしたりするんですよ。そういう意味では、カミングアウトしている僕にとってはなくてはならない場所ではないんですが、ゲイクラブなどで、羽を伸ばせる人たちを見ると、そういう場が存在して本当によかったねと思います。
――前回のインタビューで(※近日中にアップ予定の、Tokyo Pride Festivalで行った取材)、「NYのゲイシーンのほうが二丁目より一般的」とおっしゃっていたのですが、それについてもう一度詳しく教えていただけますか。
日本の二丁目は、クラブやバーが中心の場なんだけれど、NYのゲイシーンは、それ以外にもファッションや政治家など、もっと一般の日常生活に食い込んでいると感じるんですね。
たとえば、ゲイのカップルが経営するレストランは、家具や飾っている絵が本当におしゃれでゲイっぽいけれど、そこに来ているお客さんのなかには一般の方も多く来ていて、お店の味が好きで来ているだけだったり。観光旅行者のように、「ここはゲイの人たちがやっているお店なのよ」といった特別な気持ちで来ているわけではなく、一般の方でも普通に利用している、そのスタンスの自然さが街に溶け込んでいて、本当にいいなって思うんですよね。
日本では、二丁目を歩いているサラリーマンの男女を見ていると、男の子同士が手を繋いでいるところなど、本当に奇異な目で見ている感じがするんですね。人によっては、男同士のキスシーンって最初“不自然”って思う人もいるかもしれないけれど、たくさん見ていくと自然に見えてくるものなのかなって、見る分量ってことなのかなって。
――そう思います。マスメディアでは、男性同士や女性同士のキスやいちゃいちゃしているシーンがほとんど見られないので、みんな慣れていないだけなんだと思います。私も、最初ゲイの友達がキスしているのを見たとき少し不思議でしたが、いまは何とも思わないので。
じゃあどんどんね、見せていかなくちゃね(笑)。
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