大塚隆史さんのインタビュー

By Yuki Keiser


大塚隆史

4.セックスが無くても成り立つ関係

――『二人で生きる技術』は、パートナーシップなどについて真剣に書かれていて、感動する所が多々あるんですけれど、なかでもカズさんのお父さんのエピソードもそうでした。カズさんの葬儀で、親族の席に座れたことを読んだとき、心打たれました。

そう、お父さんが隣に座らせてくれたんです。あの辛い状況のなかで、それはとても有難かったです。やっぱりHIVという秘密を、少ない人の間で共有していたので、その苦労をお父さんはよくわかってくれたというか。それが何か僕たちを特別な絆で結び付けたんだと思うんですよね。

――カズさんとの関係について、カズさんのお父さんは大塚さんのことを「お友達」という表現を使っていたようですね。それは、大塚さんのことを純粋にカズさんの親友として見ていたのか、それとも恋人として理解しているんだけれども、言葉でだけ、婉曲的に「友達」という表現をあえて使っていたと思いますか?

お父さんたちには、友達という認識だったんだろうなって思います。せいぜい言っても、“特別なお友達”ぐらいだったんだと思う。ご両親は、いわゆる、田舎の善良な日本人っていう感じ。

カズのお父さんには、とにかく「ありがとう、ありがとう」って言い続けてもらったんですよ。僕たちの関係がわかっていたというよりは、その絆がとても大事なものだということだけは伝わっていたと思う。それは本当にうれしかったですね。

――カズさんがゲイということは認識されていたんですか?

していないと思う。だから何にも知らないんです。

――本でおっしゃっている、パートナーシップの代わりに提案されている造語、「トゥマン」。発音は? 「トゥーマン」? 「トーマン」、「トゥマァン」? うまく発音できないのですが(笑)。

僕の感じでは、「トゥマン」。「トゥ」は短くね(笑)。昔は、生涯の伴侶のことを「トゥマ」(=妻の語源・男女共に使う)と言っていたらしいんですよ。「我がトゥマ」って。それで“N”をつけて、「トゥマン」。だから、英語の「two men(ツー・メン)」、「男の人ふたり」ではないんですよ。僕のなかでは、「トゥマ」からきた「トゥマン」。

――その「トゥマン」に関して、「セックスのない関係でも成り立つ」というように書いていますよね。それでも友情と違うその何かって何ですか?

僕は、たとえば誰かと会ったときにその人とまだセックスをしていなくても、性的な引力のようなものを感じるわけなんですよ。この人とセックスをしたいなって。そういう気持ちを持っていて、なおかつ人間的な魅力を感じたら、「トゥマン」に入っていけるんだと思ってます。

友達というのは、性的なことは何にも感じないけれど、「こいつは本当に良い奴だな」とか感じる関係かな。もちろん、友達でも“ちょっとやりたいな”と思う人はいないわけではないけれど(笑)、でもやらないままいたらその気持ちは消えてしまうでしょ? 僕にとって「トゥマン」で大事なのは、お互いが、「僕たちはトゥマンでやっていこうね」という意志があること。そのことを決めた後に、セックスが上手くいかなくたってそれを乗り越えていける方法があるんじゃないかなって言っているんです。

――なるほど、わかりました! 要するに、セックスを実際にするかしないかは、ある意味“おまけ”だけれども、性的に何かを感じて、なおかつふたりで「一生一緒に暮らしていこうね」という気持ちが繋がっていることなんですね? 

そう。たとえば変な話だけれど、いま僕は彼と暮しているけれど、彼のことがいまでも性的な意味でも好きなんですよ。洗濯物をするときに、洗濯物って相手の匂いがするじゃないですか。でも、僕はその相手の匂いが嫌じゃないの。それはやっぱり、性的に惹かれているからだと思う。だから洗濯するときに、「うっ…」とかならないわけ(笑)。かといって別に積極的に嗅いだりはしないけれど(笑)、「あ、また匂ってる。この匂い嫌いじゃないな」ぐらいな感じ。

本のなかにも書いてあるけれど、彼はセックスが苦手なんですよね。彼のなかでは、マスターベーションのようなセックスなら可能だけれど、情緒的なものが入られると、何だかむずがゆくなっちゃうような感じらしい。でも彼なりに僕に対して恋心のようなものを抱いてくれている感じはするんだけれど、セックスには結びつかない。かといって、それは友情とはまた違う何かを感じてるみたい。たまに関係がうまくいかなくなったときにも、その恋心のようなものが助けてくれることってけっこうあるんだと思う。

――この本で、その部分に関して個人的にもとても考えさせられたんです。私は6年間付き合った男性がいるんですけれど、その彼とはほぼプラトニックな関係だったんです。それでも、当時はお互い、一生一緒にいたいと思っていたんです。私のアイデンティティはレズビアンですが、彼に関しては本当に恋愛感情が当時あったので、この本を読みながら、“関係”というのは何だろう、と改めて考えさせられました。

「トゥマン」という言葉をなぜつくったのかというと、“何が理想なのか”ということを、ひとまず設定しないと、ふたりでそこへ向かっていけないと思うからなんです。そして現実的には、ふたりでそこへ向かっていこうとしていることが、「トゥマン」なんです。

実際に関係を築いていくと、理想的なところにたどりつくとは限らないんですよね。でもふたりのなかでなんとなくバランスをとった形というのがあって、長いことやっていって辿りついたところが、そのふたりにとってのトゥマンの形なんだろうと思う。

僕は、カズとの11年以上の長さをまだ誰とも超えたことがなくて、それより先は未体験ゾーンなんですよ。ただ、長さは大事な反面、お互いが「ちゃんとやっていこうね」と思っている間は、それが短かろうが長かろうが、それはそれでちゃんと「トゥマン」の関係なんじゃないかなと思う。セックスがあるなしとかではなくて、結局は心と心で続けていこうと思っているかどうかが、最も大事なことなんじゃないかという結論に達したんです。

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