国際的アーティスト・ピュ~ぴるさんのインタビュー

By Yuki Keiser


ピュ~ぴるさん

2.男でも女でもない第三の性

――ピュ~ぴるさんの作品には、セクシュアリティやジェンダーのテーマも多く登場しますよね。実際、ピュ~ぴるさんはMtFトランスセクシュアルで、2003年に、生まれた男性の体を変形し始め、2007年にSRS(性別適合手術)をされて、現在は女性の体で戸籍上も女性です。それで、2005年よりご自身の肉体の変貌の写真を記録として撮り始めて、それが作品「Selfportrait」に仕上がっています。まずは、肉体の変形をどのように始めたのですか?

2003年から女性ホルモン剤を個人輸入して、毎日3錠ほど飲み始めたんです。今はちゃんと医師の診断の下にホルモン補充療法を受けているけれど、当時は止まらない強迫観念が猛スピードで私の心の深層を揺り動かし、勝手にドンドン進めたくて飲んでいたの。最初の数週間で胸が少し張ってくる感じ。その後、下半身が勃たなくなって精液も出なくなってきて。で、女性的な脂肪も付いてくるの。

それと同時進行的にフェイスの整形手術もし始めて、自分の表層がどんどん失われていくのにつれても、更に止まらない加速感を感じたので、「自分の記憶を残さないと」という思いでその変化の過程を写真に記録し始めたの。

「感情の欠落した少年」
※「Selfportrait」の作品「感情の欠落した少年」

――小さい頃からずっと心は女性だと感じていて、いつか手術を行おうと思っていたのですか?

いいえ。通常、大半のトランスセクシュアルは「自分を元に戻したい」という気持ちで手術を行うと思うんだけど、私の場合は好きな人がみんなノンケだったからなの。いつも片想いで、辛い想いをしていたの。そのときも愛していた人がノンケだったので、少しでも女子として見られたいという気持ちで飲み始めた。ただのそれだけなんです。

――もし好きになる人がゲイ男性ばかりだったら、手術はしていなかったかもしれないということ?

していなかったかもしれないと思う。むしろプロテインを飲んで肉体は鍛えていたのかもしれない。私の場合は、潜在的に女子率が80%くらいあるんだけれど、完全に心が女子ではないと捉えている。それは育った環境も影響しているのもありますが、MtFのなかには、「私は女子」と言い切っている人が多いけれど、私は違う。むしろ、自分は大枠ではゲイだと認識しているんだけど、私はアーティストだから表現手段としても体を創造してみようという意識もありました。。

さらに、中途半端という事は物事に於いて美しくないと思うの。心の話は別にして、表層、つまり肉体、更に言うとフェイスが美しくないという事は、この世界に於いて生き辛くなると思っていますから、とにかく行けるところまで行こうと思って、美容整形手術を繰り返した。そして最終的に戸籍や名前も変えた。それを病院に打ち明けていたら申請に時間を要したかもしれなかったので、病院や裁判所には「生まれたときから100%女子です」と言ったの。それだけなんです。私は男でも無く女でも無く表現者だから。そして全てはカードなんです。他者に、そして世界にカードを切る事が私の中では最重要だったんです。

――よく言われる「第三の性」(=女性でも男性でもないもうひとつの性)に関してはどう思いますか? とても繊細なトピックで、日本ではとくにそれをあまり好まないGID(=性同一性障害者)もいますが。たとえば、女性の体で生まれて男性の心を持つFtMのなかに、大人になるまで学校や社会から女性として扱われたり、女性の体を持つといった経験・教育があるので、男性として生まれた男性とまた違うように感じている当事者が最近海外で増えているんですよね。それについてはどう感じていますか?

そうだね。DNAの部分や染色体の部分は変えられないからね。だから私も、「第三の性」だと言われたら、そうだと思っている。日本では、そういうのを受け入れない人が多いんだけれど、私はむしろそれが素晴らしいことだと捉えていて、これから広げていって認めてもらうべき事だと思っている。

この社会がたまたま二極分化していて日常生活で不便だから、戸籍を変えたり、生きやすくするためにパスポートを変えたりしているだけで、本来はおっしゃる通り私は第三の性だと思っている。例えて言うなら、もうひとつの宇宙人というか、スーパーマンみたいな(笑)。両方の感覚を持つのは貴重で豪華で素晴らしい事だと感じていて、中間的な存在がいても、この世界では問題ないんじゃないかな。

――私も「第三の性」という表現が気に入っています。ちなみに手術をするとき、ご両親の反応は? 当時、カミングアウトしていましたか?

お母さんはうすうす気づいていたと思うのだけど、言葉でダイレクトに言ったのは、2007年のSRSをする直前。「性器を切除して戸籍や名前も変えたい。日本の法律でできることは全部したい」と言ったら、少し沈黙した後に、「わかった。じゃあ一緒に頑張って行こう」って答えてくれた。それまでは、セクシュアリティに関して本音が言えない関係だったんだけど、その後全面的にサポートしてくれて、今ではすっかり仲良し。恋人も紹介したり、結婚話もしたり。苦しみがいっぱいあったからこそ、今の最高な関係が築けた。

――手術はどこで行ったのですか?

ドクターの選択には慎重に慎重を重ね世界一のレベルの人にやってほしかったから調べまくって、世界でも随一の特殊なテクニックを駆使するタイの、ある施設を選んだの。海外、ヨーロッパや北米からの50代の富裕層が多く通うクリニックで、そこが現在、世界最高とされているのね。スキルも他と違い特殊なテクニックを駆使し、24時間中専属のスタッフがついてくれる。MtFに於いては手術後、膣が縮小してしまうことが多いのだけれど、そこはアフターメンテナンスを自分でしっかりすれば、そういうこともないの。

――実際にそこで手術をして、どうでしたか?

多くの友達というか仲間というか戦友というか、1人っきりで行ったのでは無かったから、表層的には旅行気分でとても楽しかったの。勿論、想像を絶する痛みも伴っていたのは当然だけど、死を覚悟して行ったから、自分の中では、お涙頂戴の記憶にはなっていない。むしろ美しい記憶、時間として残っている。でも帰国してから、現実に直面して、とても苦しかったけど。。。手術中は、高級施設だから身の回りのことを全てしてくれるし、クリニックのスタッフに「あれ買ってきて」って言ったらすぐ買ってきてくれるし。まぁとにかく陰と陽の側面を兼ね備えたバカンスみたいだった(笑)。

――性適合手術より、高級スパみたいですね(笑)。

本当そんな感じ(笑)。マッサージもしてくれたり、まさに“姫状態”(笑)。とても痛かったけれど、日本からの仲間、そしてタイ現地のクリニックスタッフや患者の皆が楽しませてくれたから、その時は全てを忘れられていた。ダーリンも途中で来てくれたし。とにかく帰国してからの数ヶ月の方の痛みの方が激しかったです。

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